軽口は主に2人組で披露される話芸の一種

別称は「掛合噺」「掛合茶番」等
漫才や喜劇の源流といわれる。

江戸時代末期に京都四条河原町、大坂天満宮の神社の境内に舞台を設けひとりでに歌舞伎、芝居の物真似演じられた起源。

その後舞台芸になり寄席で俄の開幕(前座)として演じられた。

2人が正座し簡単な小道具、衣装を身に付け謎かけ問答や知恵比べ問答歌舞伎、芝居の物真似で人気を取っていた。

後に芸として俄から独立。1892年8月に桂梅團治・桂篤團治のコンビが「軽口」の看板を上げ、落語の演目を演じ分けるなど人気を博す、その後も桂次郎坊・太郎坊、秋の家稲子・稲八、鶴家團七・團鶴等が人気を博す。

その後、音曲万歳、しゃべくり漫才の登場で人気も落ちる。

 

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